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工場事故における労災保険と民事賠償責任
工場をお持ちの経営者、工場責任者に是非とも知っておいていただきたい裁判例(東京地裁平成27年 4月27日判決)をご紹介します。
工場で事故が起きると、被害者に労災保険が出ますが、それだけでは終わらず、被害者が会社に対して損害賠償をすることが多くあります(退職後に請求することが多いです)。
その場合、裁判所は、どのような思考過程で賠償責任を判断をするのかについて、是非知っておいていただければと思います。
このブログを読んで、工場の安全性向上に対する意識が高まり、一つでも工場での不幸な事故が減れば幸いです。
事案の概要
被害者は両面テープ、粘着テープのプレス加工工場の「工場長」です。人手が足りず、工場長(48歳)自らプレス機で加工をしたところ、プレス機に左手を挟み、中指と薬指を切断、人指指と小指を挫滅した事案です。
このプレス機には、安全カバー・自動停止装置が設置されていませんでした。
労災保険給付
労災があると、以下の労災保険給付が国から出ます。
①療養給付 症状固定まで治療費全額
②休業補償給付 給付基礎日額の8割
③障害補償給付 1級から14級まで
今回は、2本の手指の用を廃したものとして、③障害補償給付は、第8級となり、被害者は、①治療費全額の他、以下の給付を受けました。
②休業補償給付 145万円(休業の8割)
③障害補償一時金 724万円(8級)
なぜ民事訴訟を起こすのか?
被害者は、合計869万円の労災保険給付を受けましたが、なぜ民事訴訟を起こしたのでしょうか。
それは、以下の通り、労災保険給付では、慰謝料や逸失利益が出ないことが大きな理由となります。ただ、被害者と会社との関係性が良好であれば、被害者も民事訴訟を起こさないケースも多くあります。
民事訴訟を起こすのは、会社に対する不信感や憤りなど感情面が理由であることも多いのが実情です。
裁判所での判断枠組み
それでは、民事訴訟が提起された場合、裁判所では、どのような判断枠組みで検討するのでしょうか?裁判所は、大きく以下の判断枠組みで考えます。
① 安全配慮義務違反があったか?
② 損害額の合計は?
③ 被害者側の過失割合は?
①安全配慮義務違反があったか?
会社は、本件プレス機の寸動ボタンを長押しして連続してプレスしている最中に左手をプレス部分に入れるという本件事故の態様は想定外であると主張しました。
しかしながら、労働安全衛生法規則131条では、プレス機械について、
・身体の一部が危険限界に入らないような措置
・安全装置を取り付ける等必要な措置
を講じなければならないとされています。
プレス機に安全装置を設置していなかった本件では、当然に安全配慮義務違反があったとされました。
②損害額の合計は?
損害は、以下のように症状固定するまでの慰謝料と休業損害、症状固定後の慰謝料と逸失利益に分かれます。
後遺症逸失利益とは、簡単に言うと、後遺症を負ったことにより、今後、働けなくなった分の将来の給与分のことです。障害等級8級の場合、以下の青い部分の通り、労働能力を喪失45%分として、将来の給料分を現在価値に割引いて算出されます。
※2020年4月1日以降の事故では、割引率3%の複利となりライプニッツ係数も変更されています。
③ 被害者側の過失割合は?
被害者側にも過失があった場合、その割合に応じて、損害額から相殺されることを「過失相殺」といいます。裁判所は、被害者側の過失として、以下の要素を考慮し、過失割合を4割と認めました。
【被害者側の過失】
・本件プレス機を止めてから対応すべきもの。
・工場長自身が具体的な対策を提案するなど、積極的に安全カバーや自動停止装置を取り付けるように取り組まなかった。
・疲労していたなら注意力が低下して作業に支障が生ずる状態であれば,本件プレス機を操作すべきでなかった。
【会社側の過失】
・安価で比較的容易な措置を設置するだけ
⇒ 労働者の身体に対する重篤な障害の結果を回避することができる。
・別件事故をきっかけに安全措置が講じられていない
⇒ 同様の事故が生ずる現実的な危険性を認識することができた。
⇒ 何らの具体的な安全措置を講ずることがなかった。
賠償額のまとめ
判決では、会社の賠償額は、1651万円とされました。賠償額の内訳をまとめると、以下の通り、後遺症逸失利益分がプラス分としては非常に大きく、一方、過失相殺のマイナス分も大きいのがわかるかと思います。
まとめ
以上の通り、労災事故により、被害者に後遺症が残った場合の民事賠償責任は、莫大な金額になりやすく、工場で不幸な事故が起きないよう、以下の点をしっかりと対策しておくことが重要です。
1 予見できる危険源を洗い出すこと
2 ヒヤリハットは必ず対策しておくこと
3 使用者賠償責任保険を確認