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長野法律事務所ホームニュース・ブログ損害賠償(交通事故ほか)旧優性保護法の最高裁判決の解説

旧優性保護法の最高裁判決の解説

2024.07.06

2024年7月3日に画期的な最高裁判決が出たので、全文を読みました。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/159/093159_hanrei.pdf

ニュースを見たときは、「障害を理由に強制不妊手術をさせる法律なんて、憲法違反に決まっている」と思いましたが、画期的なポイントはそこではありませんでした。

旧優性保護法裁判の概要

旧優性保護法に対する裁判は、この法律に基づいて不妊手術を強制された人々が、その違法性と被害を訴える訴訟です。
旧優性保護法は1948年に制定され、障害者や精神疾患を持つ人々に対して、不妊手術や堕胎を強制することを合法化していました。
この法律は1996年に廃止されましたが、それまでの間に多くの人々が強制的に不妊手術を受けさせられました。

除斥期間の壁

2020年の民法改正前、「除斥期間」といって、「不法行為の時から20年間」経過すると、被害者は、損害賠償請求ができないという定めがありました。

つまり、20年以上前に、どんなに酷いことをされても、20年経過したら、損害賠償請求をしても、裁判所は、請求を棄却しなければならない、という制度です(今の民法にはもうありませんが、2020年より前の行為には適用されます)。

似て非なるものに、「消滅時効」がありますが、消滅時効は、被害者が損害と加害者を知ってから3年です。ですが、3年経過しても、加害者が、消滅時効を主張することが、権利の濫用とされれば、消滅時効は主張できません。

今回の被害者たちは、強制不妊手術を受けたのが、1960年代であり、損害賠償請求の訴訟を提起をしたのは、おそらく2010年以降(判決文からは不明)だったので、不妊手術から20年経過していました。

そこで、この戦後最大の人権侵害に、除斥期間が適用され、国が賠償責任を免れてしまうのかが最大の争点でした。

最高裁判所はどう判断したか

法律の違憲性について

最高裁判所は、旧優性保護法は、

「特定の障害等を有する者が不良であり、そのような者の出生を防止する必要があるとする点において、・・・生殖能力の喪失という重大な犠牲を求める点において、個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反する」

「合理的な根拠に基づかない差別的取扱いに当たる」

令和6年7月3日  最高裁判所大法廷  判決

として、憲法13条・憲法14条に違反するとしました。

⇒ ここまでは、当然であり、国も特に争っていない。

(1940年代は、ナチスの優性思想が強かった時代です。問題は、1996年まで施行され、1970年代も強制不妊手術が行われていました。)

除斥期間について

次に最大の争点である除斥期間について、
裁判所は、除斥期間は、平成元年の判決で、損害賠償請求権が、
「除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができる。」
としました。

令和6年7月3日  最高裁判所大法廷  判決

つまり、除斥期間は、これまで、どんな理由があっても、不法行為から20年経過したら、「気持ちはわかりますが、残念でした」と裁判所も言わざるを得ない制度でした(不法行為時をずらすなどして対応はしていました)。

それが、今回、「著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない」という超限定的な場合のみ、除斥期間の壁を破ってもよいとしたのです

その理由として

・立法行為であるから、証拠が散逸して、国側の立証活動が困難になるとはいえない

2万5000人もの人が、強制不妊手術を受けさせられ、重大な被害を受けることになった。

・法律があるので適法と国に言われてしまえば、被害者が、憲法違反と言って訴訟提起することは困難だった。

国会は、速やかに補償すべきであったのに、長期にわたり、当時は適法であり補償しないと言い続けてきた。

ことをあげています。

法律は絶対ではない

今回の最高裁判決から学べることは、

・国会議員は、時代や環境によっては、明らかに人権侵害する法律を制定する可能性があること

・除斥期間のような確立した法律があっても、正義に反する場合には、突き破れること

です。

弁護士としても、国民としても、法律がこうだから仕方ない、と諦めるのではなく、著しく正義に反するような法律や事案に対しては、果敢に挑まなければならないことを学びました。

草野耕一裁判官の補足意見

最後に、草野裁判官のこの部分の補足意見は、とても重要だと思います。

国会であったとしても、誤ることはある。常に疑いの目を向けていかなければなりません。

本件において注目すべきことは、本件規定の違憲性は明白であるにもかかわらず、本件規定を含む優生保護法が衆・参両院ともに全会一致の決議によって成立しているという事実である。
これは立憲国家たる我が国にとって由々しき事態であると言わねばならない。
なぜならば、立憲国家の為政者が構想すべき善き国家とは常に憲法に適合した国家でなければならないにもかかわらず、上記の事実は、違憲であることが明白な国家の行為であっても、異なる時代や環境の下では誰もが合憲と信じて疑わないことがあることを示唆しているからである
上記の事態を踏まえて司法が取り得る最善の対応は、為政者が憲法の適用を誤ったとの確信を抱くに至った場合にはその判断を歴史に刻印し、以って立憲国家としての我が国のあり方を示すことであろう。

しかりとすれば、当審は、粛然として本件規定が違憲である旨の判決を下すべきであり、そのためには、本件請求権が除斥期間の経過によって消滅したという主張は信義則に反し、権利の濫用に当たると判断しなければならない。

(令和6年7月3日  最高裁判所大法廷  判決)