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会社の元従業員によるデータ削除事件から学ぶ退職時の注意点

2025.05.14
カテゴリ: 労働・労災
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退職時のデータ処理は、企業にとっても従業員にとっても非常に繊細かつ重要な問題です。
最近の裁判例では、退職する従業員が会社のデータを削除したことで損害賠償を命じられるケースが増えています。
今回は、令和7年1月16日に徳島地方裁判所で下された判決(令和5年(ワ)第38号)を元に、退職時のデータ処理についての重要ポイントを解説します。

事件の概要

本件は、半導体メーカーの元従業員(被告A)が退職する際、会社のサーバー内に保存されていた電子ファイルを意図的に削除したとして、会社(原告)が元従業員とその身元保証人(妻と母)に対して約2581万円の損害賠償を求めた事案です。

被告Aの勤務内容

  • 被告Aは工学系博士課程修了者で、レーザー関連の専門知識を持つ研究者
  • 入社後、以下の業務を担当
    1. 加工実験装置の作製・実験・データ収集(本件業務①)
    2. レーザー光源測定装置の作製・測定(本件業務②)
    3. 加工用青色レーザー光源モジュールの開発(本件業務③)
    4. レーザー光源加工実験設備の環境整備(本件業務④)

問題となった行為

被告Aは退職日の1か月前、共有サーバー内のファイルを削除するプログラムを作成。退職日である令和3年7月31日に自動的に起動するよう設定し、232のフォルダ内のファイルが削除されました。被告Aは、この削除プログラムの存在を会社側に告げていませんでした。

裁判所の判断

裁判所は被告Aに故意があったと認め、総額577万4212円の損害賠償責任を認定しました。

ポイント1:無断削除は不法行為にあたる

裁判所は、「被告Aが故意により本件各ファイルを削除し、原告の法律上保護される利益を侵害した」と認定し、不法行為が成立すると判断しました。

ポイント2:損害額の算定方法

裁判所は、削除されたファイルを再構築するために必要な費用を以下のように算定しました。

  • 本件業務①に関するファイル再構築:267万5055円(4か月分の人件費)
  • 本件業務②に関するファイル再構築:294万5250円(代替測定器購入費用)
  • 本件業務④に関するファイル再構築:15万3907円(1週間分の人件費)

ポイント3:被告の主張が認められなかった点

  1. 「商用利用できない統合開発環境を用いて開発したソフトウェアなので価値がなかった」という主張は認められず
  2. 「プログラミングのミスによる削除だった」という主張も認められず
  3. 「会社側がバックアップをとっていなかった過失があった」という主張も退けられました

実務上の教訓

企業側の注意点

  1. 重要データの定期的バックアップ:本件では会社側も40日間のバックアップ期間を設けていましたが、発覚が遅れたため復元できませんでした。
  2. 退職時の引継ぎ手続きの明確化:どのファイルが重要なのか、どのように引き継ぐのかを明確にしておくことが重要です。
  3. ライセンス管理の徹底:従業員が無料版の開発環境を使っていることによるリスクへの対応も必要です。

従業員側の注意点

  1. 会社のデータを無断で削除・持ち出しはNG:会社が管理するサーバー内のファイルは、自分が作成したものであっても会社の資産です。無断削除は損害賠償責任を負う可能性があります。
  2. 懸念事項は上司に相談を:本件では被告Aはライセンスの問題を懸念していたようですが、上司に相談せずに削除プログラムを作成しました。懸念事項は適切に相談することが重要です。
  3. 退職時の引継ぎは丁寧に:自分の業務内容やファイルの所在、内容を整理して引き継ぐことが大切です。

まとめ

本件は、退職時のデータ処理の重要性を示す事例です。
従業員が作成したデータでも会社の資産であり、無断削除は損害賠償責任を負うリスクがあることを認識しておくべきでしょう。
企業側も、重要データのバックアップや退職時の引継ぎプロセスを明確化し、従業員の懸念事項に適切に対応できる体制づくりが重要です。

退職は新たなスタートの時ですが、過去の成果物の扱いには十分な注意が必要です。
円満な退職と、お互いの権利を尊重する職場環境づくりを心がけましょう。